« 2009年9月 | トップページ | 2010年1月 »

2009年10月 2日 (金)

"ユダヤ人を救った動物園"・・・ 人間って、捨てたものじゃない

_200w

原題 "The Zookeeper's Wife" が示すとおり、本の内容は、動物園園長夫妻の物語というよりも、園長夫人の物語。

夫人の名はアントニーナ。人間だけだなく、動物との共感能力にかなり長けた人物だったようで、彼女が、動物の仕草とその意味、気持ち、適応能力を語る部分は興味深く、かつ面白い。

園長であるヤンの記述もそれなりある。アントニーナの、家族や身近な人々への強い思い、それとは対照的に、社会への責任、不正への怒りが伝わってくるヤンの言動。正に女性と男性の違いそのものだ。

ナチのユダヤ人根絶志向、全ての生物のドイツ化にはおぞましさを感じずにはいられない。

一方、ポーランドの1割以上もの非ユダヤ人が、自分達の命をも危険に曝すと知りながら、ユダヤ人を救うために行動していたということに驚くと共に、人間も捨てたものじゃないと思った。

この本って、こんなもんかなー?

 知性刺激度    ★★☆☆☆

 難解度       ★☆☆☆☆

 社会改善志向   ★★★★★

 娯楽度       ★★★☆☆

 買う価値      ★★★★☆

| | コメント (0) | トラックバック (0)

鞆の浦 埋め立て工事停止判決

生活の豊かさとは何かを考えさせられる話題だ。

工事停止の判決を聞いた工事推進派の住民が記者団に対して述べた「住民の生活を全く考慮していない。」というのが、図らずも問題のポイントを象徴している。

先日NHKで観た、‘世界ふれあい街歩き' を思い出した。
イタリア アマルフィの狭くて急な階段を何十キロもの重いテーブルをかかえて登る、決して若くない家具職人の姿があった。弱音を吐かず、その仕事に対する誇りを語っていた。
老婦人が買い物袋をかかえ、途中、何度か休憩しながらやはり急斜面の上にある自宅を目指していた。車なんて行けない場所に住んでいる。しかし、登りきった山肌にある住居から海と街を眺めている様子は、その生活をいとおしんでいることは明らかだった。

程度を越えた不便さは改善していくべきだが、埋め立てという手法でしか実現できないのだろうか? 他に方法がありそうな気がする。コミュニティの力が必要だろう。

今、有害なくらいに便利さを求める傾向、都会的生活環境を求める均一的志向がはびこり過ぎているように思えてしかたない。

実際に鞆の浦に行ったことがある訳ではないから、どの程度の文化的価値があるのか分からないが、不便さを埋め合わせる以上の価値を住民が見いだすことはできないのだろうか?

今回の判決がテレビで報道されている様子を見てそんな風に思った。

今日、朝日新聞で、この話題に関連する記事を読むと、おっ、アマルフィを引用していた。そうだろ、そうだろ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2009年9月 | トップページ | 2010年1月 »