“46年目の光”・・・ ただの感動本ではないところがいい
自然と目を惹くタイトルだ。そこには、いかにも「感動をお届けます」と伝えようとする商業的意図を感じる程だ。
しかし一方、40年ぶりに視覚を取り戻した人間は見えるものをどう感じ、心身のバランスはどうなるのだろう?その後の生活はどうなるのだろう?という好奇心を引き起こす。この前 ”ミラーニューロン” を読んで、人間の脳の働きについて少し知り、その視点が、興味をかきたてた。
読んでみると、果たして、ただの感動物語ではなかった。科学的内容が盛りこんである。「物を見る」または「視覚」という言葉が、どこまでの意味を含むのか考えさせられた。
改めて考えると、目に入る光がもたらす情報は膨大である。にも関わらず、視覚健常者は視界にある物体の色、形からそれが何で、その大きさやそこまでの距離を一瞬にして把握する。それは目の仕事ではなく脳の仕事なのだ。そして脳は実生活で身体が受ける信号から学んでこそ、それを無意識に働く能力まで高めてゆく。
40年間も脳にその学習の機会を与えないと、その能力は退廃してしまうのだ。従って、目に入る信号を脳に届けることができるようになったからといって、健常者のように世界を見ることはできない。それどころか、健常者の脳が無意識に行っている仕事を意識しなければできない。健常者の脳の中では、とてつもなく優れたマルチタスク処理が無意識に働いている。人間が意識してできるのはせいぜい2,3の処理だ。とても健常者のマルチタスクには太刀打ちできない。その処理を意識して実行しようとすると、それ以外のことは何も考えられなくなる。
その状況を想像すると恐ろしい。もしも自分だったらそのストレスに耐えられるとは思えない。事実、この本の主人公であるマイク・メイ以前に視覚をとりもどした人は、ほぼ例外なくそのストレスに打ち負かされ鬱になってしまったらしい。
マイク・メイの場合、視覚を取り戻した最初の1年間は、やはりそのストレスにさいなまれたものの、目から入る情報とそれ以外の感覚から得られる情報を結びつけて見える物を認識する手法を編み出し、ストレスをかなり低減できたという。
体当たりの人生観と根性で生きてきた主人公だからこそできたのだ、という本の最後は、しっかり感動ノンフィクション。
この本って、こんなもんかなー?
知性刺激度 ★★★☆☆
難解度 ★☆☆☆☆
社会改善志向 ★★☆☆☆
娯楽度 ★★★☆☆
買う価値 ★★★☆☆
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